

この事件が起こった場所は、グループのリーダーであるイーゴリ・ディアトロフ(当時23歳)にちなんで「ディアトロフ峠」と呼ばれるようになりました。
このグループは10人のメンバー(男性8人、女性2人)で構成されていました。グループのほとんどはウラル科学技術学校(現在のウラル工科大学)の生徒か卒業生でした。踏破の難易度は極めて高いと推定されましたが、一行の全員が長距離のスキー旅行や山岳遠征の経験を有していたので、特に問題視されませんでした。

彼らの目的はオトルテン山に到達することでした。ちなみに「オトルテン」はマンシ語(シベリア北西部の少数民族、マンシ人の固有言語)でそこに行ってはいけないという意味です!
10人のうちの1人、ユーリー・ユーディンは途中で体調を崩し、離脱して村に帰りました。その決断は後に彼の命を救うことになりました。
かくして一行は9人になりました。
トレッキングの途中で吹雪が起こり、視界が悪くなったので、一行は方向を見失い、西に道をそれ、オトルテン山の南にあるホラート・シャフイル山に登り始めました。間違いに気づいた彼らは山の斜面にテントを張って一夜を過ごすことにしました。
ホラート・シャフイルはマンシ語で死の山という意味です!
帰還予定日になっても一行が帰ってこなかったので、心配した一行の親族たちが捜索願いを出し、2月20日、ウラル科学技術学校が、ボランティアの学生や教師からなる最初の救助隊を送りました。その後、軍と警察が加わり、救助活動はヘリコプターや航空機を投入した大規模なものとなりましたた。

2月26日、捜索者はホラート・シャフイル山のふもとに放棄されたテントを発見しました。テントはひどい損傷を受けており、内側からナイフで切り裂かれていました。
足跡がテントから近くの森に向かって続いていましたが、500メートルほど行ったところで足跡は消えていました。
捜索者は、森の入口に立つ大きなヒマラヤスギの近くで2人の遺体を発見しました。2人とも下着しか身につけておらず、靴をはいていませんでした。
さらに捜索者はスギの木とテントの間で凍結した3人の死体を発見しました。死亡時の姿勢は、3人がキャンプ場に戻ろうとしていたことを示唆していました。3人の死体はスギの木からそれぞれ300、480、600メートル離れたところに位置していました。
それから残りの4人の遺体を見つけるまでに、さらに2カ月かかりました。5月4日、ヒマラヤスギの木から森に75メートル分け入った先にある渓谷の中で、4メートルの深さの雪の下から4人の遺体が発見されました。
検視解剖の結果、9人のうち5人が低体温症によって死亡したことが明らかになりました。残りの4人は致命傷を負っていました。2体が頭蓋骨骨折を負い、2人のあばら骨がひどく骨折していました。そして、一人の女性は舌を失っていました。にもかかわらず、争った形跡はなく、外傷は認められませんでした。あたかも体に強い圧力がかけられたような状態だったといいます。
さらに謎を深めたのは、4人の衣服から異常に高いレベルの放射能が検出されたことでした。また、何人かの肌は奇妙なオレンジ色に焼け、髪の毛は白髪と化していました。
気温がマイナス25度から30度と極めて低く、嵐が吹き荒れていたにもかかわらず、遺体は薄着でした。なぜ経験豊かなハイカーたちが真夜中に唯一の避難所を離れ、薄着のままで、人によっては靴や靴下もはかずに、強風の吹きすさぶ厳寒の中に飛び出していったのでしょう?
この日ハイカーたちに何が起こったのかについて、諸説が飛び交っています。ソ連軍の秘密実験を目撃したので殺された、脱獄囚に襲われた、雪崩に遭った、核廃棄物に侵されたなどの説が流れています。
そんな中、映画製作者のドニー・アイカーが新説を発表しました。彼はディアトロフ峠事件の調査に4年を費やし、『死の山:ディアトロフ峠事件の語られざる実話』という本を出版しました。
アイカー氏の説は「反復的な風がディアトロフ峠の特異な地形によって共鳴し、パニックを誘導するインフラサウンド(可聴下音)を生みだした」というものです。人間の耳には聞こえない周波数(約20ヘルツ以下)の音が脳に影響を与え、狂乱状態になった7人が雪の中に飛び出していって、寒さで命を落としたということです。
アイカー氏の説が正しいかどうかはともかく、この事件にはもう一つ、奇妙な謎が潜んでいます。
ホラート・シャフイル山がマンシ語で「死の山」という意味であることはすでに述べましたが、なぜそう呼ばれるようになったのでしょう?
マンシ人の言い伝えによると、古代に9人がその山に向かい、そこで命を落としたというのです。
また、1991年にディアトロフ峠から数キロメートル離れた場所に航空機が墜落しました。その時に出た死者の数は……9人でした!
■この事件を元にして映画『ディアトロフ・インシデント』が作られました。映画の詳細はここをクリック!