

ある夏の日、黒い上着を着た男が少年をじっと見つめていた……
これは僕が6歳の時に起きたできごとです。
ある日、僕は友達の家に遊びに行きたいと思いました。ところが、母に禁じられたので、ムッとした僕は「どうしても行く」と意地を張って家を飛び出していきました。その友達は僕の家から数えて三軒目の家に住んでいたので、大したことではなかったのです。
というわけで、僕は怒って家から飛び出したのですが、夏だったのでちょっと暑かったことを覚えています。
その時、僕はTシャツと、短パンと、靴下を身に着けていました。靴を履き忘れたことに気づいたので、いったん自宅に戻ることにしました。そんなわけで歩道を歩いていったのですが、あたりに人影はなく、僕一人きりでした。
自宅に着いたのですが、玄関のドアには鍵がかかっていました。呼び鈴を押したのですが誰も出てきません。そんな中、振り返ったら、近くに男が立っていて、僕をじっと見つめていました。
まず心に浮かんだのは、それが僕の父だということでした。というのも、そんな印象を受けたし、当時父はその男が履いていたのとまったく同じ赤のスポーツ靴を持っていたからです。
その男が父だと思った僕は、彼に向かって歩いていきました。男は微動だにしませんでした。でも、1メートルぐらいまで近づいた時、なぜか不安に襲われ、すぐに踵(きびす)を返して玄関に走り戻りました。
母と兄がドアを開けたので、不審な男がいたことと、その男が父にそっくりであることを二人に伝えました。すると母は「お父さんなら裏庭にいるわよ」と言いました。次に二人はその男を探すために外に出たのですが、男は影も形もありませんでした。
それから10年の月日が流れ、僕は16歳になりました。そのころ僕は誕生日プレゼントとして両親に上着を買ってもらいたいと思っていました。当時、僕は『ウォッチドッグ』というテレビゲームにハマっていたので、その主人公のような恰好をしたいと思っていたのです。
両親からプレゼントを渡された時、すぐにピンと来ました。その上着は、6歳の時に目にした男が着ていた上着と寸分違(たが)わないものだったのです。