イギリスのSFシリーズ『ドクター・フー』のエピソード『離れない老人』について解説するページが当サイトで長らく多数のアクセスを集めており、未だに首位を保っています。そこで今回は、このエピソードをさらに突っ込んで解説したいと思います!
創案者お気に入りのエピソード
『離れない老人』はイギリスで426万人の視聴者に視聴され、批評家から好意的な評価を受けたほか、主人公ルビーを演じたミリー・ギブソンの演技も広く称賛されました。また、本作はヒューゴー賞の最優秀映像作品賞にノミネートされました。
脚本を手掛けたラッセル・T・デイヴィスは『離れない老人』を次のように説明しています。
この作品は英ウェールズ州の民間信仰ホラーであり、私がこれまでに創ったものの中でも最高作の一つです。その敵役は、これまでに見たことのないような奇妙な悪役と言えるでしょう。
物語の初めに、シューティ・ガトワ演じる15代目ドクターと、コンパニオンのルビーは、イギリス・ウェールズ州の海辺の崖の上に到着。ところがドクターは、おしゃべりに夢中になり、うっかり「妖精の輪」を踏みつけ、壊してしまいます。ドクターはすぐに後悔しますが、時すでに遅し。「妖精の輪」の中に封じ込まれていた悪霊が解き放たれ、恐ろしい未来に向かって突き進む世界線ができてしまいます。
こんな事態を引き起こした罰として、ドクターは消滅させられ、ルビーは一生をかけて、たった一人の力で、危険な政治家の台頭を阻止しなければならない立場に。デイヴィス氏はこの展開について、次のようにコメントしています。
「妖精の輪(フェアリー・サークル)」が荒らされたことで、冒涜的な事態が引き起こされてしまいます。普段なら、ドクターは異星の生命体や文化に対して深い敬意を払うのですが、今回は敬意が欠けていた。強大な力を持つ場所に足を踏み入れ、何かが狂ってしまったのです。しかし、ルビーが「償いの人生」を送ることによって事態は正され、すべては元の鞘に収まります。最終的に、2人は許されるのです。
「妖精の輪」って何?
一般に、「フェアリー・サークル(妖精の輪)」とは、林間や芝生などで一群のキノコがリング状に発生したもの。この物語の舞台となったウェールズ地方の妖精の輪には、数多くの迷信がつきまとっています。伝承によれば、その輪の中に足を踏み入れた者は、輪を作り出した妖精たちの怒りを買い、罰として呪いを受けるとされています。迷信の内容は様々で、侵入者が永遠にその輪の中に閉じ込められてしまうという説や、妖精の国へ連れ去られたり、人間界から姿が見えなくなったりするという説もあります。また、フェアリー・サークルに足を踏み入れると不運に見舞われたり、早死にしたりすると言う人々もいます。
しかし、『離れない老人』における妖精の輪は、木綿糸や、鳥の頭蓋骨、呪文の書かれた巻物などで作られた魔よけを指しています。海辺の崖の上という場所は、海と陸の境界域。いわゆるパワースポットなので、最大の効果を見込んで、ここに魔よけが作られたのです。
ところで、「リング状に発生するキノコ」って、日本にもあります? ご存知の方がいたら教えてください。
パブにいた人たちは誰だったの?
ドクターが行方不明になり、ターディス(ドクター所有のタイムマシン)にも入れなくなったルビーは、不安におののきながら村に向かい、地元のパブにたどり着きます。ところが、どういうわけか、パブにいた人たちは彼女に冷たい態度をとります。特にパブの店主(マクシーン・エヴァンズ)は眉間にしわを寄せ、終始怒ったような表情でルビーを見つめます。
ちなみに、このパブの名前はウェールズ語で「枯れ木」という意味です。
そんな中、ルビーが「離れない老人」に言及すると、客の一人・エニッド(シアン・フィリップス)はこんなウンチクを傾けます。
「距離を保つ」という表現の言い換えが思いつかないので、あえて新しい言葉をラテン語で作るとすれば、*semper distans*(センペル・ディスタンス)といったところかしら。「常に距離を置く」という意味。その老人はあなたに対して「センペル・ディスタンス」なのよ。
ルビーが妖精の輪をうっかり壊してしまったことを告白すると、村人たちは色めき立ちます。妖精の輪を壊したことで悪霊が解き放たれたとルビーを激しく非難。店にいた人々は申し合わせたかのように一丸となって、ルビーに脅しをかけます。その挙句に、今のはただの冗談。私たちはそんな迷信を信じるほど遅れていないよ、とあざ笑います。
ところが、結局、彼らの言ったことは冗談でも何でもなく、すべて真実だった! 彼らはすべてを見通していたのです。ということは、ひょっとしたら彼らは人間ではなく、崖の上に魔よけの輪を作った妖精だった?
妖精というと、背中に羽が生え、魔法の杖を持って宙を飛び回る小さな女性を連想するかもしれません。しかし、イギリスやアイルランドで言い伝えられている妖精は、そんなかわいらしいイメージとは趣を異にします。妖精と一口に言っても、その種類や姿かたちは様々。小さな妖精もいれば、大きな妖精もいる。一見したところ人間と区別がつかない妖精もいる。人間に対して悪意を抱く妖精もいれば、好意を抱く妖精もいる。とはいえ、好意を抱いている妖精でさえ、人間にいたずらを仕掛けて翻弄することを楽しむ意地悪な側面も持っているようです。
もしあなたが上の説明を読んで「妖精なんて実際にいるわけがない」と思ったのでしたら、SF作家のアーサー・C・クラークが妖精について次のようにコメントしています。
「フェイ(妖精)」とは、我々の知覚のすぐ外側にいる存在。必要とあらば、時空を操る力を行使することもできます。人間と妖精は、極めて危うい「相互尊重」の関係にあると捉えられます。要するに、彼らにちょっかいを出さなければ向こうも手出しはしてこない。敬意を払ってさえいれば何の問題もない、ということです。
ケイトの意味深な言葉
離れない老人の呪いによって、育ての親に見捨てられ、天涯孤独の身になったルビーは、ユニット(架空の英政府機関)の最高司令官・ケイト(ジェマ・レッドグレイヴ)に助けを求めます。屋外のカフェで落ち合う2人。ルビーに初めて会うケイトは次のように自己紹介します。
私たちはユニットに勤めています。ユニットは地球外生命体を調査するために作られました。でも最近は超常現象を調査することの方が多くなってきた。物事はそちらの方向に傾いているみたい。
このセリフは意味深です。どういうことなのでしょう? 『ドクター・フー』はSFなのに、『離れない老人』のテーマは妖精・魔法・呪い。これ以外のエピソードでも、15代目は様々な悪神と対決しています。
これについては、14代目(デイビッド・テナント)のエピソード『ワイルド・ブルー・ヨンダー』と関係があります。このエピソードで、14代目とコンパニオン(旅仲間)のドナ(キャサリン・テイト)は宇宙の果てに飛ばされ、廃棄された不気味な宇宙船内で自分たちのドッペルゲンガーに遭遇します。悪意を持つシェイプシフター(外見を自由に変えることのできるエイリアン)が2人にすり替わろうとしていたのです。
そこで14代目は塩をまくことで、ドッペルゲンガーを遠ざけようとします。塩をまくことでその場が浄められると言われています。14代目は、私たちの世界に広まっている迷信が真実であるかのように思い込ませることで、ドッペルゲンガーが近づけないようにしたのです。でも、その後、14代目は塩をまいたことを後悔するようになります。宇宙の果てで迷信にまつわる行為を行うことで、迷信が私たちの世界に入り込むスキができてしまったというのです。
『ワイルド・ブルー・ヨンダー』の次のエピソード『ザ・ギグル』では、ニール・パトリック・ハリス演じる「おもちゃ職人」が地球を脅かすようになりますが、この悪人は上記のスキに乗じて私たちの世界に入り込んできたのです。
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