これはアメリカの女性・Aさんの体験談です。
私はこれまでに何度もタイムスリップを体験しています。
最初の出来事は1975年のことでした。私はテキサス州・サンアントニオの古い家を訪れていました。そこには大学時代の友人が数人住んでいたのですが、家が取り壊されることになったので、最後に盛大なパーティーを開いたんです。その家はかつて売春宿だったという噂がありました。家は古くて、とても広かった。2階に上がり、両側に複数のドアがある廊下を進んでいきました。
その時は夜半だったのに、あるドアを開けると、外の光が差し込んでいました。そして、2人の男が言い争っているのが見えました。何を言っているのかは分かりませんでしたが、女性のことで言い争っているような気がしました。彼らは私の存在に気づいていなかったようです。2人とも20代後半から30代前半くらい。1人はラテン系で、もう1人は金髪。ラテン系の男がナイフを取り出すと、突然金髪の男が銃を手に取り、もう一人の男の胸を撃った。
次の瞬間、昼から夜に一転。階下でパーティーが開かれている音が聞こえてきました。
1981年の6月、私はアーカンソー州ユーレカ・スプリングスに住む友人を訪ねていました。
私たちは、歴史ある古いホテルの地下にあるバーに行きました。すると突然、バーが消え、私は静かな部屋にいました。部屋には病院の診察台のようなテーブルが2つ。テーブルには白いシーツがかけられ、清潔感はあったものの、非常に殺風景でした。部屋には誰もいなかった。ただベッドが2つあるだけの部屋。
そして……私はバーに戻っていました。かなり興奮していた私は、この場所の歴史について何か知っているか友人に尋ねました。「ここはかつて病院だったの?」と。しかし、彼は何も知らなかった。見た光景が頭から離れなかったので、その年の10月下旬、問い合わせの手紙を書き、「地元の歴史家様、アラスカ州ユーレカ・スプリングス」宛ての封筒に入れました。切手を貼った返信用封筒も同封しました。小さな町ならどこも「地元の歴史家」がいるだろうと思ったのです。
それから数年が経ち、別のアパートに引っ越しました。ある日、以前の大家さんから電話があり、手紙が届いたとのこと。車で取りに行くと、手紙を見て一瞬戸惑いました。まるで自分の筆跡のようだったからです!もちろん、それは私の筆跡。手紙を送ったことなどすっかり忘れていたんです。封筒の中には、地元の歴史家からの手紙が入っていました。彼女は、数ヶ月前に返事を書こうと思っていたものの、手紙がタンスの後ろに落ちてしまっていたと説明。その地下室は南北戦争中に臨時の遺体安置所として使われていて、私がいた部屋は遺体防腐処理室だったと書いてありました。彼女はとても興奮していて、いつかまた町を観光しに来てほしいと頼まれました。でも、知りたいことはもう分かったので、再訪することはありませんでした。
その後、些細ながらも不思議なことが時々起こるようになりました。自分が住んでいた家に関して、過去の住人の姿が見えたり、時にはその人がどんな人だったのかさえ分かるようになったりしました。例えば、そこに住んでいた若い女性の姿が見え、彼女が幼い男の子をとても可愛がっていたことが分かりました。その子は親戚ではありませんでしたが、彼女はまるで姉のように彼をかわいがっていました。二人の姿がはっきりと見えました。彼女がかぶっていたクロッシュハットと、その美しい姿を今でも覚えています。
時には匂いを感じることもありました。1993年か94年の冬、スコットランドに住んでいた頃、夫と二人で荒涼とした地域を車で走っていました。すると、古い城が見えました。冬期休業中だったにもかかわらず、管理人の方が親切にも車で来てくださり、中に入れて見学させてくれました。私はこれまで数え切れないほどの城を訪れてきましたが、この城はぞっとするほど不気味でした。
ある部屋を出て、一番下の階へ降りていくと、美味しそうな焼きたてのパンの香りが漂ってきました。不思議な匂いでしたが、誰もがあの香りは好きですよね!しばらくして、管理人と夫が降りてきたので、なぜ今日パンを焼いているのか尋ねました。夫は何も匂いがしないと言いました。管理人は困惑した表情で、そこはかつて台所だった場所だと教えてくれました。最後にパンが焼かれてから、何百年も経っていると教えられました。
最後に、最も印象深い体験をお話しします。それはエジプトのルクソールにある王家の谷での出来事です。 1996年のこと、私たちはラマセウムにいました。倒れた彫像や古代遺跡、そして今もなお機能しているナイル川水位計など、素晴らしい遺跡が数多く残る場所です。
私は発掘された建物の基礎の上に足を踏み出しました。そこは、低い壁の跡らしきものに囲まれた、砂を削り取っただけの四角い部屋。私はその中央に立ち、灼熱の太陽の熱を感じ、埃で喉は乾ききってヒリヒリしていました。
突然、足元に冷たい水が流れ落ちてきました。思いがけない感触に、思わず飛び上がってしまいました。水位は足首まで届きませんでした。頭上には色とりどりの旗がパーゴラに張り巡らされていました。建物の側面にも旗がひらひらと揺れていました。床は傾斜していて、高い側から幅広の水流が流れ落ちていました。アルキメデスの螺旋ポンプを使っていたようですが、当時はそんなこと知る由もありませんでした。
人々は低い椅子やベンチに座り、おしゃべりをしたり、冷たい水の感触を楽しんでいました。それは今まで感じた中で間違いなく最も爽快な体験でした。そして、その瞬間はあっという間に過ぎ去りました。日陰のない太陽の下に戻り、その瞬間が終わってしまったことに少し寂しさを感じました。
ラマセウムに詳しいアメリカ人エジプト学者を探そうと、何人かのアメリカ人エジプト学者に連絡を取りました。しかし、誰からも返事はなく、諦めてしまいました。