この記事は1955年12月10日付けの『Navy Times』(アメリカ海軍の関係者向けに発行されている週刊紙)に掲載されたもので、執筆者はマイケル・マクドゥーガル氏です。

上の画像はこの話の舞台であるアメリカ・アラスカ州のものです。


私はアラスカ州・フェアバンクス市にある「ノースデール・ホテル」のロビーで、空港バスの到着を待ちながら、他の乗客たちと雑談に花を咲かせていた。

ホテルの扉越しに、街角に立つ銀行が見えた。普通、銀行のビルには時計が取り付けられていることが多いが、そのビルの扉の上には巨大な温度計が取り付けてあった。それはマイナス45度を表示していた。

「ということは、奥地ではマイナス60度になっているということだ。あの哀れな人たちがかわいそうでならない。」

空港バスを待っている男の一人がそう言った。その時、私たちは未解決の謎について話し合っていたのだ。

3人のハンター(狩人)とその妻が、軽飛行機をチャーターして北極圏に向かった。一週間後、エスキモーがその飛行機を見つけた。そこには備品や食料が十分に蓄えられていたが、一人を除いて乗員の姿は見られなかった。

行方不明者の一人であるフランクリン・ブリッグズの奥さんが隅に腰をおろし、指を絡ませたり、ほどいたりしていた。彼女は自分の身に何が起こったのかを何も覚えていなかった。そして、ご主人や他の人々がどうなったかも知らなかった。

「彼女はアメリカに帰国すべきだ」と男が言った。「ご主人は絶対に見つからないだろう。」

そこで私は「なぜそこまで確信を持っているのですか?」と尋ねた。

「彼の名はフランクリン・ブリッグズ。海軍の大佐だ。彼の父親・ブリッグズ少佐は第一次世界大戦の最中、行方不明になった。彼の祖父・ブリッグズ大佐は1898年にキューバで消息を絶った。それだけではない。彼の曽祖父は有名なベンジャミン・ブリッグズ大佐なのだ。」

「ブリッグズ大佐ですか。なぜ彼は有名なのですか?」

「彼はメアリー・セレスト号の船長だったんだよ。その船がニューヨークからジェノバに向かう最中、乗員が行方不明になったんだ。それは航海史上、最大の謎と言われている。アゾレス諸島沖で漂流していたその船は、十分に航海ができる状態にあった。それなのに、なぜ全員がその船を捨てたのか? 当時、メアリー・セレスト号と保険契約を結んでいたロンドンのロイド社は調査員を世界中の港に送った。しかし、乗員は誰一人として見つからなかった。この事件についてたくさんの現実離れした説がささやかれているけれど、動かせぬ事実は皆無だ。メアリー・セレスト号の謎は依然として謎のままなのだ。」

彼は一呼吸置いてから、話を再開した。

「だからこそ僕はブリッグズ夫人がアメリカに帰国するべきだと言っているんだよ。ご主人は決して見つからないだろう。他のブリッグズたちが見つからなかったようにね。」

彼の言ったとおり、フランクリン・ブリッグズ大佐は見つかることなく、この事件は迷宮入りになった。

ご飯炊き、にがり水、お料理に「天海のにがり」

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