レストランX

ふと足を踏み入れたレストラン。だが、何かがおかしい……

これはアメリカの男性・JMさんの体験談です。

あれは1988年か89年の8月の土曜日のことでした。大学院生だった僕は、週末を利用して当時つきあっていた女性とシカゴに小旅行に出かけました。

一日の大半をシカゴ美術館で過ごしたあと、ウィンドーショッピングをしながらあたりを散策。時計が午後8時を指したころ、二人ともお腹が空いてきたので、夕食をとることに。「倉庫地区にいいレストランがあるみたい」と彼女が言ったので、車でそこに向かいました。

車を停めてから、数ブロック(街区)を歩き回っているうちに、建設現場に出くわしました。ビルを取り壊しているようでした。その隣に高層ビルがありました。摩天楼と呼ぶほど高くはなかったが、10階から12階のオフィスビルのような印象を受けました。あたりに人影はなく、ビルも週末のため閉まっているようでしたが、表口まで歩いていって、ビルの中に入りました。廊下が左右に伸びており、正面の壁に「レストランX(エックス)」という看板が掲げられていました。

左手の廊下の突き当りに、二つの重厚な木製の扉がありました。そこまで歩いていって、二つの扉のうち一つを押し開け、中に足を踏み入れました。

レストランは薄暗い明かりで照らされており、客は一人もいませんでした。突然、どこからともなく女性が現れ、テーブルまで案内してくれました。彼女はダークスーツに身を包み、メニューを抱えていました。僕たちは中央の四角いテーブルに席を取りました。女性はメニューとワインリストを手渡して、立ち去りました。

3人のウェイター・ウェイトレス(男2人と女1人)がつきっきりで世話をしてくれました。彼らの服装はよく覚えていないのですが、三人とも清潔な白の上着と、黒っぽいズボンをはいていたように思います。一人の男性はワイン係でした。ワインが少なくなるたびに、その男性が近寄りワインを注ぎ足してくれました。もう一人の男性は水を注ぎ足す係でした。

女性が注文をとりました。僕は極細のスパゲティとエイのレモンバターソースを注文しました。おいしかった! ワインも極上でしたが、不可解なことが一つ。ワインを一瓶注文し、一晩中飲み続けたのに、ボトルがちっとも空にならなかったのです。たぶん、3ボトルに相当するワインを飲んだのではないかと思います。それに、2人とも酔っ払わなかったのは奇妙なことでした。普通だったら少なくとも千鳥足になっていたはず。

食事をとっている間、誰一人としてレストランに入ってきませんでした。実質的に貸し切り状態だったのです。食事を終えた僕たちは料金を支払い、レストランを出ました。「客が一人もいなかったのはおかしい」と話し合いながらホテルに向かって歩を進めました。また、ビルの周辺に人っ子一人いなかったのも奇妙なことでした。

その翌日、僕たちは帰宅の途につきました。


さて、ここから話は奇妙になっていきます。

当時、僕はデュアスロン(ランニング、自転車ロードレース、ランニングを順に行い、所要時間、順位を競うスポーツ)をやっていました。翌週末にシカゴでデュアスロンのレースが行われることになっていたので、親友(女性)と一緒に再びシカゴに向かいました。その親友もレースに参加することになっていました。

水曜日の夕方にシカゴに到着し、指定ホテルのハイアットにチェックイン。荷をほどいたあと、友達が空腹を訴えたので、例のレストランに行くことを提案しました。値段は高めですが、料理がおいしいので、お金を払う価値はあると思ったのです。それに、レストランはホテルから歩いていける距離にありました。

レストランの住所は知りませんでしたが、場所はしっかり覚えていました。というわけで、僕たちは夕刻近くにそのレストランに向かって歩いていきました。ビルが取り壊されている一角に到着し、その隣にオフィスビルがありました。でも、オフィスビルは一週間前とは違うように見えました。今はもう使われていない建物のように見えたのです。

ビルの中に入ることはできたのですが、正面の壁に看板はかかっておらず、「レストランX」はもはやそこにありませんでした。廊下には机がいくつか放置されており、その上に椅子が逆さまに乗せられていました。机や椅子にはホコリが積もっており、ビル内の壁には落書き。重厚な木製の扉は影も形もありませんでした。

当初、ビルを間違えたのかと思ったのですが、僕は方向感覚や土地勘が発達している方なのです。あたりを見回し、そのビルが四日前に訪れたビルと同じものであることを確信しました。僕はひどく混乱し、ちょっと気が動転しました。

結局、僕たちはそこから数ブロック離れたところにあるレストランで食事をしました。ホテルに戻ったあと、電話帳を調べたのですが、「レストランX」は記載されていませんでした。電話をかけて番号案内に情報を求めたのですが、そんなレストランはないといわれました。ホテルのフロント係に尋ねたのですが、彼女もそのレストランを知りませんでした。

当時、僕がつきあっていた女性は図書館司書でした。帰宅後、彼女に「レストランX」が消失したことを伝えました。彼女も調べてくれたのですが、「レストランX」の存在を証明する情報を見つけることはできませんでした。

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