これは僕が20代初めのときに体験したできごとです。
トルコに留学するために長距離バスに乗りました。なぜ飛行機ではなくバスにしたかというと、運賃が安いし、荷物制限がなかったからです。
国境線を超えてから、尿意を催したので、運転手のところまで足を運びました。次の休憩までにどのくらい時間がかかるかを尋ねたかったのです。運転手が「ものの数分で停車します」と言ったので、ホッとしました。
バスはショッピングセンターの前で停まりました。かなり夜更けだったにもかかわらず、ショッピングセンターは開いていました。そこに向かって歩いているとき、近くを歩いている男たちが「ここで売っているタバコは安いから買った方がいいよ」と話しているのを耳にしました。
ショッピングセンターにはいくつかの店が入っていましたが、深夜だったので、どの店も閉まっていました。
さっき男たちがタバコの話をしていたので、「24時間営業のタバコ屋でもあるのかな?」という疑問がふと心をよぎったのですが、特に気に留めることはありませんでした。とにかく用を足すことが最優先事項だったのです。WCのサインを探しながら通路をさまよい歩いているうちに、やっとのことでトイレを見つけました。
ここから話は奇妙になっていきます。トイレの入り口には男が立っていて、使用料を請求していました。彼の話す言葉を理解できなかったので、ポケットの内布を引っ張り出し、お金を持っていないことを示して、ちびりそうになっていることを身振りで訴えました。そうしたら男は「しょうがないな。じゃあ、入ってもいいよ」というような表情を見せたので、トイレに駆け込みました。
用を足したあと、トイレから出たら、先ほどタバコの話をしていた男たちがやってきました。全員が料金を払い、トイレに入っていきました。
ショッピングセンターの外に出て、葉巻に火をつけました。次の瞬間、信じられないことが起きました!
バスに乗り、運転手のそばに立っている自分がいたのです! 運転手はさっきと同じように「ものの数分で停車します」と言いました。僕は冷や水を浴びせられたようなショックを受けました。でも、どうにか気を静め、事の成り行きを見守ることにしました。
バスは先ほどと同じショッピングセンターの前で停まりました。そこに向かって歩いているとき、男たちがタバコの話をしているのを耳にしました。
ついさっき用を足したばかりなのに、なぜかまたおしっこをする衝動に駆られていました。今回はトイレがどこにあるのかを分かっていたので、そこに向かってまっすぐ歩いていきました。
入り口には先ほどの男が立っていました。でも今回、彼は微笑みを浮かべていました。男はトルコ語で何か言い、料金を請求することなく、入ってもいいということを身振りで示しました。
用を足したあと、鏡を見て、瞳孔に変化がないかどうかを確認しました。一連のできごとがちっとも意味をなさなかったので、知らないうちに麻薬を飲まされたのではないかと思ったのです。正気を取り戻すために顔を洗い、頬をたたき、皮膚をつねりました。
トイレを出たら、先ほど見かけた男たちが入ろうとしているところでした。前回とまったく同じ展開です。
ショッピングセンターから外に出た僕は、また葉巻に火をつけることにしました。しかし、今回は過去に戻ることはありませんでした。葉巻を吸い終えた僕はバスに乗り、茫然自失の状態で旅を続けました。
一体あれは何だったのでしょう? 今日に至るまで、納得のいく説明を見つけることができません。以前デジャヴ(既視感)を体験したことはありますが、これほど大規模な既視体験をしたことはかつてありません。
とりわけ不可解なのは、トイレの入り口に立っていた男です。彼は時間がリピートしたことを分かっているようでした。それに、僕がお金を持っていないことも分かっていました。だから料金を請求しなかったのです。彼はすべてを分かっていたのです……。