前編に引き続き、T.A.さんの体験談をどうぞ!

≪ 卒業証書 ≫

 この章は、本を読んだ私の読書感想・・・長文です。タイムトラベル・ネタとは関係ありません。お急ぎの方は、末章≪タイムリープの検証≫へ直行して下さい。さて、

 小池ユリ子女史の留学私記『振り袖、ピラミッドを登る』ですが、勇んで買っては来たものの、書棚に置いたとたん満足し、読まなかったのです。それから、どの位経ってからかは覚えていません。おそらく、数週間後か数ヶ月後です。私も、アラビア語の勉強を始めました。で、その時期、思い出した様にこの本を読んだのです。一気に読みました。1日半で完読したと思います。

 最初から驚きです。日本では全く勉強していないアラビア語を、現地(エジプトです)の(アラビア語だけを学ぶ)大学予科で1年間勉強しただけで、カイロ大学(エジプト首都の国立大学)へ入学します。想像してみて下さい、日本語を全く知らない(それも漢字文化圏ではない国から来た)外国人が、来日してたった1年間勉強をしただけで東大や京大レベルの大学へ入学するのと同じです。海外生活に慣れるだけでも大変なのに、大学レベルの会話力を身に着けたという事です。

 で、ここまで読んで私(T.A.)が思った事ですが…この文節は長いので、以後は〔T.A.読後〕と略します…「凄すぎる。秀才じゃない、ほんものの天才だ」です。

 で、最初の授業が始まる前から、苦労は始まります。教室の椅子よりも、受講生が多い為に、彼女は座れなかったのです。毎時限の椅子取りゲームに負けては、立って授業を聴く羽目になります。ですが、この問題を彼女はエジプト式に解決しました。ワイロです。と言っても現金ではなく、ポケットに潜ませたチョコレートを使って「これあげるから、席を譲れ」です。小池氏本人は、これを「進駐軍的行為」と書いています(本文21頁2行目)。この時から、上から目線が始まっていたと、言う事ですね。ハハハ。

 さて授業ですが、同級生たちは、みな熱心にノートをとっているのに、彼女(小池百合子氏)は全く聴き取れません。時々、接続詞が聴こえるレベルだったそうです。

 〔T.A.読後〕:「そりゃ、そうだろ。非イスラム圏の外国人が、たった1年間の学習で到達できるレベルは、小2か小3レベルの会話力だからな。無理に決まってる」

 結局、小池女史はマグダと言う同級生と親しくなり、毎日ノートを借りては、それを書き写させてもらうのです。そうして努力を続けて、1年後の進級試験の日。配布されたテスト用紙は、教授直筆のガリ版刷り。字がろくに読めません。読めても、問題の意味すら分かりません。けっきょく、取れた単位は(英語科目などの)3教科だけ。

 貼り出された成績発表をマグダと一緒に見に行く。マグダは合格。小池女史は不合格、第1学年の留年が決定する。その時のマグダの言葉、「ユリコは駄目だったの? 学年が違っちゃうわね。寂しいわ」(本文53頁7行目)。

 〔T.A.読後〕:ここまで読んで、ちょっと身体が震える位に、私(T.A.)は感動してきました。まだ読んでいないけど、この成績最底クラスから首席卒業まで登っていくストーリーが目に浮かんできたのです。著者の略歴には、1972年 カイロ大学・文学部社会学科入学。1976年 同卒業。と記されている。つまり4年制大学を4年で卒業する訳だから、どこかで飛び級をする筈です。そして親友のマグダと再び同じ学年になる…読む前から、私の胸は高鳴りました。

 そんな事もあって、感動シーンを探して、最後まで一気に読んだのです・・・・・が、この本の中には、それらのクライマックス・シーン(飛び級して喜ぶ状況、マグダとの感動の再会、自分が首席だと知った瞬間の気持ち、etc)が、まったく書かれていません。それどころか、落第した日から卒業までの3年間の勉強に関する記述がありません。

 本の最初から、56ページまでが、入学初日の授業から、第1学年を留年するまでの苦労話。それなのに、そこから最後の278ページまでのどこを読んでも、3年間の授業の思い出や具体的な家での勉強方法などが、まったく書かれていないのです。唯一、勉強についての記載は、「生活費がなくなりかけるとアルバイトをし稼ぎにいそしむ以外は、毎日が試験勉強。高校時代に、これだけ勉強していれば東大合格間違いなしだったろうに……。(本文57頁1行目。原文まま)」だけです。

 進級試験に関する記載も、「一年目は落第・・・二年目は奇跡的に合格し、進級できた・・・。翌年も、その翌年も・・・」(本文58頁9行目)としか書かれていない。いくらなんでも簡略化しすぎだ。

 そして、いきなり本の題名『振り袖、ピラミッドを登る』のエピソードの項目がある章(本文58頁14行目以降)に、なる。そこには、

 「ピラミッドの頂上をきわめることは、私にとっての憧れであり、エジプト留学征服の象徴であった」、「4回目、すなわち卒業の年の最後の試験・・・」、「しかし最後の試験を終え、自分の名前の横に赤ペンで書かれた『合格』の文字を見つけた時には、またピラミッドが宝の山のように燦然と輝き始めた(本文59頁13行目)」等と、文節が重複したり、読みづらい長文章が羅列されていたり。前項の簡略文とあまりにも対照的だ。文脈も破綻していた。

 ここの項目だけ他の記載と、文体(ぶんたい)が異なり、「ピラミッドを登る」ことと「合格の喜び」を無理やり関連付けている様に私(T.A.)は思えた。

 難解なこの部分を分かりやすい平文(ひらぶん)に直せば、著者は「進級試験の締めくくりとして、合格できた際は、毎回カイロ市内の高い所に登った。卒業試験に合格できたあかつきには、ピラミッドを登るつもりでいた。なので、『合格』の文字を見た時は、すごく嬉しかった」だ。この心理描写を『--宝の山の様に燦然(さんぜん)と輝き始めた--』と、詩的に表現したのだと、思う。

 〔T.A.読後〕:最終頁まで読み終えてから、再び「--自分の名前の横に赤ペンで書かれた『合格』」の文字を見つけた時には--」の部分を読み返した時、私は「これは、創話(そうわ:著者が作り出したフィクション)だ。この人は(著者は)、ウソをついている」と、確信した。

 もしも、貴方が大学を首席で卒業した方なら、分かる筈だ。こんな文章にはならない。心理描写が、あり得ないのです。説明します。

 一般の(つまり体育系、芸術系ではない)大学に在籍している優等生(成績上位者)は、自分の成績順位が1番だったか2番だったかはやはり気になる。でも、自分は進級できるのか、あるいは卒業できるのかは、まったく心配していない。(合格はもう決まっているのだから)そんな事は、考えてもいない。掲示板で、自分の名前の横に『合格』の文字を見つけたとしても、当然の結果だと思うだけで、感激などしない。ましてや、その気持ちを、美しく詩的な文章で表現する事はあり得ない。

 と言う根拠で、私(T.A.)はこの著者はウソをついてると判断した。それ以外にも、文体や文章の流れ、あるべきエピソード(2学年から卒業までの大学構内での話など)が欠如しているなど、不審点が多すぎる。どこからどこまでが創話なのかは分からないが、とにかくウソはある。

 では、続き。著者は、卒業試験の合格を知って、ピラミッドへ向かう。警備員に見つからないよう(登頂は禁止なので)、朝の5時から登り始める。が、見つかってしまった。でも、この時もエジプト式に解決する。値段交渉の末、3ポンド(約900日本円)のワイロを「戻ってきた時に」手渡す口約束で、登頂を続けるのだ。そして、頂上に着いてから振り袖に着替えて記念写真。それが、この単行本のタイトルになり、その写真が本文62頁に掲載されている。なので、ここの部分に、ウソはないと思う。ちなみに、降りる時は、登った時の正反対の面から下りた。「誰が3ポンドも払うものかと、さっさと車でオサラバ」(本文64頁4行目、原文まま)と、書いてあった。5年のカイロ滞在で、エジプトでの生き方を身に着けたのも、ウソじゃないな。続けます。

 これ以降は、エジプト滞在中の(いつの事かははっきり書かれていないけど)多くのエピソード…習慣の違い、文化の違い、民族性の違い、等など…が、筆者の目線で書かれています。読むと、とても面白いです。ただし留学生活と直接には、関係ない話なので、ここでは割愛します。そして最終章に圧巻のエンディング「私の会ったアラブの指導者たち」が、用意されていました。

 小池女史は1974年(カイロ大入学から3年目、第2学年時)、日本の国会議員に付き添う形で、サダト大統領に謁見します。正式通訳は、日本大使館員の専門家がしているのですが、日本人女性の彼女がアラビア語で挨拶すると大統領は驚き、続けて「カイロ大学の2年生です。奥様と同じ文学部で勉強中です」と言っただけで意気投合してしまいます。大統領夫人のジハーンさんは、子育てが終わり40歳過ぎてからカイロ大学に入学して、彼女と同じキャンパスに居たのです。その謁見時の帰りに、ジハーン夫人から「また遊びにいらっしゃい」と声を掛けられます・・・で、それは、4年後に実現します。

 続いては、別の国。ここからは、もう日本でテレビ局の仕事をしていた頃なので、留学生時代のエピソードではありませんが、リビアのカダフィー大佐との謁見を申し出て(おそらく日本人女性からの依頼だったので、珍しさもあり)あっさりと対談までこぎつけます。それだけで終わらず、(そこから500km離れた)カダフィ大佐の実家へ行って、両親に会う許可までもらうのです。実父はリビア人、実母は(あの沢尻エリカと同じ)ベルベル人でした。もちろん、テレビ用のインタビューも挙行。

 で、その後に、やはりテレビ局の取材で、PLО(パレスチナ解放機構)のアラファト議長とも対談しているのです。

 今日は急いでいるのでこれ以上は書きませんが、この最終章「私の会ったアラブの指導者たち」には一読の価値はあります。興味のある方は、中古本を購入して、ご自身でお読みいただければと思います。

 〔T.A.読後〕:私はこの章を読んだ時、放心状態になりました。その位、驚いたのです。記事の内容ではなく、この3人に会ったという事実です。写真付きなので、これらもウソではないと思います。ただし、今の読者の方は、ピンとこないかも知れません。なので、これと同じことを当時のアラブ世界でなく、2020年のアジアに置きかえて見ましょう。この著者がやった事は、

 ・・・・はるか遠くの国から日本にやってきた1人の女子留学生が、彼女の母国の国会議員のお供で、皇居に赴く。その時に天皇陛下と仲良くなり、ついでに皇后陛下とマブダチ(親しい間柄)になる。後日、テレビ局で働き始めた彼女は、中国の習近平主席と対談し、ついでに実家まで赴き、御両親のインタビューを行う。それから北朝鮮に向かい、厳重に警備された建物内で、キムジョンウン委員長にテレビ取材を行った・・・・

 と同次元の事だと考えれば、少しは私が驚いた理由が分かると思います。まあ、ともかく圧巻のエンディングでした。

 で、あとがきには、こう書いてあります「ピラミッドの頂上をきわめて、私のエジプト留学は終わった。卒業式などまったくなかった。正式の卒業証書が手に入ったのは、なんと2年後であった。1枚1枚が手書きだからである」(277頁1-3行目、原文まま)

 〔T.A.読後〕:本を読み終えた私は、内表紙に掲載されている卒業証書の写真を見ました。つたない私のアラビア語でも年月日ぐらいは読みとれます。一部分は、隠されて見えませんでしたが、「1976年10月の卒業試験日」と「1976年12月29日の(卒業試験)合格日」と「1978年11月(卒業証書)発行日」は判読できました。あえて書けば、コイケ女史の生まれ年の部分「1952年」だけが(手書きだからかも知れないが) 斜め左に傾き、かつ下線が引かれていた。で、そこだけ、文字の太さも筆圧も筆の流れも違った。この部分だけ、後日に加筆された、と私(T.A.)は考えています。但し、これをもって、証書は偽造されているとは思えません。

 気になったのは、合格日が12月29日と書かれていた部分。ピラミッド登頂は、夏の時期だった筈です。この点が、少しだけ気になりました。 

 読書感想文は以上です。では、今からこの章のタイトル「卒業証書」の話をします。

 今年の6月上旬かな、東京都知事選の立候補受付が始まるまでに、都議会で何度も「小池都知事の学歴詐称疑惑」が取り上げられ、マスコミも騒ぎ始めました。ついに、2020年6月15日の政策発表記者会見の場で、小池都知事は現物の「卒業証書」と「卒業証明書」を公開します。

 にもかかわらず、多くの識者が(学歴詐称)疑惑を、唱え続けました。根拠の多くは、『振り袖、ピラミッドを登る』に書かれている内容から、「第1学年で留年している人物が、4年間で卒業できるわけない」です。中には、エジプト式に(つまりワイロを使って)卒業証書を入手した、とか。コピー機をつかって、偽造しているとか。他の本物のカイロ大学卒業生の証書写真と比較して、相違点を指摘している機関誌もありました。

 で、私(T.A.)が言いたかった事・・・小池氏のあの「卒業証書」は絶対に本物ですよ。偽物である筈がない。卒業はしていないだろうけど、「卒業証書」自体は、カイロ大学が発行した本物でなければならない。もし違っていたら、あの時のカイロ大学の学長は、首をとばされています。「偽物だ!」と騒いでいる皆は、1978年のあの事件を知らないのでしょう。では、説明。

 1977年11月にエジプトのサダト大統領が電撃的に敵対国のイスラエルを訪問します。それにより、エジプト・イスラエル間の直接交渉が始まり、翌1978年1月から両国で和平交渉会議が重ねられます。7月になるとアメリカも加わり、3国外相会議が行われ、1978年9月にはアメリカのキャンプ・デービッドで行われた3国首脳会談で「平和条約締結構想」がスタートします(これを「キャンプ・デービット合意」と言います)。カーター米大統領の功績です。やがて臨戦態勢から平和状態になったエジプトへ、欧米諸国が経済支援協力を表明します。日本政府もエジプトへの「経済支援」を公言しました。そのとたんサダト大統領は夫人を伴って、日本に来ます(経済支援の具体的な要請ですよね)。突然決まった公式訪問です。キャンプ・デービット合意の直後(つまり1978年秋)の事でした。

 日本の新聞各紙には来日前から、経済支援の具体的な内容「道路整備に○百万ドル、戦争で破壊された公共施設の再築に○千万ドル、・・等」及び支援金の(ドルを日本円に換算した)総額が見出し記事に載っていました。エジプト再建に協力する日本側の組織や企業名も列記されています。ところがです。大統領夫妻が来日すると、新聞に記載される「経済援助の総額」が毎日、ジリジリと上昇していったのです。何億ドルだったか、忘れましたが、離日時の朝刊では、金額が1桁増えていました。

 日本側が準備していた経済協力の内訳を、相手国側が拒否し、しかも全額を現金で要求するなんて前代未聞でした。初めての事だったので、日本全体が奇妙な感覚に包まれます。しかし中東で1つの戦争が終わった喜びの方が大きく、平和社会の為の経済協力金なのでいくら高くても損をした感じはありませんでした。サダト大統領一行は、笑顔で離日。

 で、その裏で、いったい何が起こっていたのでしょうか。実は、来日時のサダト大統領夫妻には、謎の日本人女性がいつも傍にいました。朝から晩まで、大統領夫妻と一緒に居ました。そして、外務省の担当官にいろいろな要求をし、日本政府との交渉にまで(日本語で)口をはさんでくるのです。

 この時、驚いたのは、日本側だけではありません。大統領の随行員たちも、不思議に思っていました。エジプトの政府高官が入室出来ない夫妻の寝室まで、彼女はフリーパスで入って行けたのです。ただし、エジプトの為に働いていたのは確かで経済協力金が、巨額になったのは、彼女が交渉してくれたからです。しかも、無料奉仕です。

 誰だったのでしょうか。気になります。でも当時、ニュースの中継映像を見ていれば、そこかしこにその謎の女性は映っています。廊下を歩く時は、大統領夫妻と一緒に。記者会見場では、部屋の隅っこに。朝は、その日に発売された全社の新聞紙を抱えて(ホテルのロビーを抜けて)、夫妻の寝室へ直行するのです。当時は誰も知らなかったのですが、(顔を見ると)若き日の小池百合子さんです。貴方も将来、タイムリープのやり方を習得した後で(1978年に戻り)、見てみれば分かります。

 

 私(T.A.)の論理的な思考をする大脳は、「いくら手書きだからと言っても、卒業証書の発行に2年間を要するのは、あり得ない」と判断します。卒業生は毎年いるのに、その卒業証書の作成に2年間では、計算が合いませんからね。で、もし仮に私が小池女史だったとしたら、ですが。あの時に大統領夫妻へ「本物のカイロ大学卒業証書がほしい」と、オネダリしたと思います。サダト大統領の来日が、1978年の秋。卒業証書の発行日が、1978年11月。こちらの計算は、ぴったり合います。

 ついでなので、「卒業証明書」の事も書きます。

 小池百合子氏の学歴詐称疑惑報道は、今回が初めてではありません。1992年に参院選で初当選した時から始まっています。それ以降、何回か、ひょっとしたら十数回あったかも知れません。一番おもしろかったのは、私は「サッチー騒動」の時だったと思います。

 これは野村沙知代(元野球選手/監督/評論家 野村克也の奥さん)という女性が、1996年の衆院選に(当選はしなかったが)立候補した際の経歴「アメリカ合衆国のコロンビア大学卒業」が虚偽だったのではないかと、後日(1999年以降)大騒ぎになった事件です。2年間位、世間は騒いでいました。最終的に検察の捜査員が渡米し、コロンビア大学で調査を行ったけど、当時の留学生は学籍原簿が残っておらず、「経歴詐称の証拠は得られなかった」で事件は決着しました。この頃に、とばっちりで「小池百合子議員の学歴も捜査しろ!」になり、マスコミが追いかけました。2週間ほどですが、なんと小池議員は雲隠(くもがく)れしたのです。私は「疚(やま)しい事でも、有るのかなぁ〜」と思いました。

 そんなこんなです。先日の「卒業証明書」も週刊誌等を通して公開されていました。しかし、その当時も今回と同じように「偽造されている」とか、「学長のサインがされてない」とか、「エジプト式にワイロを使った」とか、ボロクソに言われたのです。でも、私(T.A.)は、小池氏が週刊誌を使って提示した当時から、「卒業証明書」も絶対に本物だと思っていました・・・たとえ卒業はしていなくても、です。説明します。

 初当選した小池百合子議員が国会で最初に主張したことは、「自分は、日本とエジプトの架け橋になる。両国の友好を促進したい」です。で、その年度内だけで、7億だったか8億円の予算が認められます。最終的には、13億円近くまで増額されました。そして彼女は、その予算を使って母校のカイロ大学にエジプト初の日本語学科を創設しました。これが議員としての初仕事、そして名実ともに彼女1人の功績。これにウソは、ありません。

 では、13億円を貰ったカイロ大学側は、どう思ったでしょうか。当時は大卒者の初任給が23ポンド(約6,900円)ですから、日本と物価が大きく違います。私たちは、そのお金が日本国の予算だと認識しています。しかし、そのトンデモナイ大金を受け取るカイロ大学側は、そんなことは思っていません。「小池百合子先生が、私達に持ってきてくれた」と感じていた筈です。

 そのカイロ大学の恩人である小池女史に、「卒業証明書を出してやるから、ワイロをよこせ」とは言わないと思います。偽物の卒業証明書を渡す事もあり得ません。卒業をしていようと、卒業していまいと、そんな事もかまいなせん。必ずや正式の証明書を発行してくれる筈です。

 要するに、小池女史が公開した2つの証明書は、本物だと言う事です。ただし、卒業年月日は、どれも違っています。本の中では、(おそらく)7月に卒業。証明書では、10月に卒業。証書では、12月29日卒業です。なんで、違うのでしょうか。学籍番号で調べてから、記入すれば良いのになぁ〜、と思ったのは私だけでしょうか。

 余談です。砂漠地帯にあるピラミッドの登頂は、暑いイメージがしますよね。でも乾燥地帯なので、陽が沈めば、気温は急激に下がります。明け方が、一番寒いのです。私(T.A.)が、ギザのピラミッドで夜景を眺めた時(8月です)は、ダウンジャケットを羽織っていました。もし12月30日の明け方に、振り袖でピラミッド登頂したら、凍え死にします。

 P.S. どうしても学歴詐称を追及したい方だけに、内緒でお教えします。

 公開された「卒業証書」と「卒業証明書」は、個人の学籍番号にあたる「大学における登録番号」の部分が、空白になっています。消去した痕跡も認められません。最初から書かれていないのです。 これでは、在籍中の経歴も卒業試験の合否も調べられませんし、同姓同名の学生がいれば見分けがつかなくなります。番号の記載が無いパスポートや運転免許証と同じです。学籍番号は、1名につき1つです。生涯、変わりません。死んでもです。この部分だけは、ウソが書けないから、空白になっているのです。

≪ タイムリープの検証 ≫

 私は、この投稿文を書き始める少し前に 『1982年頃の本屋に居る自分自身に時間退行し、将来100万円の値をつける本を1冊買う』 というタイムリープの検証実験を計画していました。そして、実験が成功しても失敗しても、結果の公表をする事まで考えていたのです。ところが、実験を始める前に『その本を買っていた』事を思い出してしまいました。困りました。起承転結の生じる順番が、(時間的に)入れ替わってしまったのです。それどころか、計画したタイムリープ実験は、開始していません。これをどう解釈したら良いのでしょうか。

 1982年の書店に居た私は、未来の自分にタイムリープされていなかったのかも知れません。可能性は有ります。他のタイムリープ(された時の)体験では、たいてい自分の身体の中に2人分(つまり自分ともう1つ別)の意識がありました。しかし、書店に居た私の意識は、常に1人分でした。ただし、書店に入ってからの約1分間は、自分(本人)の意識が消えていました。憑依(ひょうい)されたと私が考えていた時間帯です。あきらかに自分の身体が別の意識に支配されていました。そして『単行本のコーナーへ向かい、将来100万円の値をつける本』を手に取ったのです。こんな事が偶然起こるとは考えられません。やはり、あの瞬間に(未来の自分による)タイムリープがされていたと考えるのが妥当でしょう。

 次の可能性として、これから先のどこか将来で、この私がタイムリープを試行し『本屋に居る過去の自分の身体へ退行し、単行本を1冊買う』命令を下す事です。とはいえ、このタイムライン上に居る私は、もう本を買った事を知っています。その事実を無視して、不自然な命令は下せません。あるいは、もう1冊(つまり合計2冊)を購入させるプランも考えられますが、まったく知らない新刊本を過去の(若い)自分が2冊買う事は考えられません。つまり若い時の私は、無駄金に思える1000円近い大金(つまり980円)の出費を拒否するだろうと、言う事です。

 望ましいエピソードとしては、『過去の書店に居る自分に、本を買わせる』タイムリープ実験を行った後で、その単行本を買っていた事を思い出せば、良かったと思います。そうすれば、全ての辻褄(つじつま)が合い、この投稿文もスッキリ分かりやすく書けた筈です。まあね、でもそうは成りませんでした。残念!

 もう少し、思考範囲を拡げましょう。『本を買わせる』タイムリープ検証実験を立案中の私の意識が、そのまま時間退行して過去の自分にとんでいた可能性です。考えただけで、意識が時間移行するのです。実験前に部屋を薄暗くし、心身をリラックスさせ、自己催眠状態になってから、脳内の3ヶ所を同時に活性化させる手間ひまを掛けなくても、私はタイムリープが出来たと言う事です・・・生まれつきのタイムトラベラー体質なのか、俺は?

 ごめんなさい。今回の話は、まだ検証も分析もできていません。「まったく分かりません」が、正直な気持ちです。ただし、タイムリープ(意識のタイムトラベル)現象は起こったと思っています。もっと時間を掛けて考察すれば、疑問点のいくつかは解消できるでしょう。でもタイムリーな話題なので、早く送らないと、面白みが消えます。このまま投稿させていただきます。 以上です。

『100万円の中古本』 (完)

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・T.A.様、全投稿・全てのコメント欄を読ませていただきました。とても読ませる文章で引き込まれてしまいました。

拙い文章で申し訳ないのですがお聞きしたいことがあります。それはこのT.A.様の体験しているタイムリープの性質です。方法は今後のT.A.様の投稿で楽しみに待つことにします! T.A.様の体験しているタイムリープは現在から過去へ干渉し、現在に戻ることで現在に変化を与えている?と思うのですが、そのまま戻らずに過ごす事や戻る過去自体を変える事はできないのでしょうか?

私事で恐縮ですが、10年以上タイムリープ体験を探して方法を試しています。なぜかというと私は生まれてから病気持ちで治るようなものではなくタイムリープ以外に頼る方法がなくなったからです。なので色々なタイムリープ体験探しているのですが、全てを信じるとすれば戻れずにそのまま過ごす者が体験談としては多いです。T.A.様は違うのでしょうか?

もしくはT.A.様が意識して戻らない選択肢も選べるとしたならば、その過去は必ずしも自分の体験した過去でなければならないのでしょうか?私はそのまま過去に戻ったとしても苦しみが待っているだけで意味がないのです。

2つの質問が両方とも無理なのだとしたら前世という過去を操って私自身をなかったことにできたりしないのでしょうか?親殺しのパラドックスのようになってしまい、これすらできないかも?

質問ばかりで申し訳ありません。T.A.様のタイムリープ体験の範疇をかなり超えてしまっている質問ですし、もしかしすると他の人から見るとかなりネガティブにみえてしまうかもしれません。それでも前に進むためにお聞きしたいと思います。T.A.様にはお手数をおかけしますが、どうかご返信をよろしくお願いします。

H.S.さん(2021年9月13日)


・TAさん、お返事いただけますか?

結局、タイムリープの具体的な方法がよくわからなかったのですが、もっと詳しくお教えいただけないでしょうか?

また、本当にタイムリープできたという確信がおありであれば、その時の体験談ももっと詳しく語ってはいただけないでしょうか?お願いします。

Hさん(2020年10月16日)

・H様へ ・・・ T.A.本人です。ご質問のコメント、ありがとうございます。

タイムリープした確信は、充分すぎる位にあります。初めて気がついた時は、驚きのあまり身体の震えが止まらなかった程です。詳細は拙稿『タイムトラベル記』シリーズに書きました。すでに第1部(www.jikanryoko.com/timewarp581.htm)と第2部(www.jikanryoko.com/timewarp660.htm)の掲載が始まっています。まだ投稿していませんが、続編もあります。

お時間が有れば、『未来が見える少年』(www.jikanryoko.com/timewarp674.htm)もご覧になって下さい。テレビ番組と実在する人物の過去未来が同時に登場し、タイムリープが自分のタイムラインにどう影響したか、を記しています。私の実体験です。

なおタイムリープのやり方は今回、敢えて書いていません。いつか、H様が嫌になるほど詳しく具体的に書いたものを投稿します。予定では『青紫色の光の都市(仮称)』で、右大脳の使い方。『タイムリープのやり方』で左大脳と偏桃体の活性化を取り上げるつもりです。

T.A.さん(2020年10月23日)

・TAさん、ご返信ありがとうございます。

それらはすでに読んだのですが、催眠中の映像で過去の場面を見ただけだと言う印象しか受けなかったのですが、それって本当にタイムリープしたことになるのか微妙に思う所なんです。映像として過去を見ただけでなく実際に過去のご自分の体の中に入って動いていたと言う感覚はあったのでしょうか?

Hさん(2020年10月28日)

・H様…より具体的な設問に直していただき、ありがとうございます。範囲が狭(せば)まり、返答しやすくなりました。私は、自分のタイムリープを判断する基準に「一致率」と「特異性」を使っています。説明しましょう。

タイムリープ(意識のタイムトラベル)現象を考える場合、2つの側面から見ます。「タイムリープをしている自分」と「タイムリープされている自分」の両側面です。言い換えれば、別の時間へ自分の意識を送る『送信』側と、意識を受け入れる『受信』側です〔注1〕。

拙稿の「タイムトラベル記」で説明しましょう。催眠中の私は、施術士からの誘導「子供時代に戻りま〜す」によって、まず「中学生のイメージ(映像)」が脳内に見えました。これは夢を見ている感覚に近いのですが、同時に「中学生の意識」も感じます。夢との大きな違いは、(大人の)自分の意識も、はっきりと残っている事です。 私は、その映像と意識(大人と中学生の2つ)で、施術士の質疑に答えて行きます〔注2〕。

続いて、小学生時代のイメージ(映像)と意識が、ほぼ同じ様にして、私の(大人の)意識に合流してきます。ここまでの脳内のイメージ(映像)に関しては、H様の印象「催眠中の映像で過去の場面を見た」で正しいと思います。

この次に、幼稚園時代のイメージ(映像)と意識が、私の(大人の)脳内に入ってきます。この時ですが、私の(大人の)意識は、施術士の誘導を拒否し、自分で子供時代の身体を動かしてみます(詳細は、拙稿「タイムトラベル記2」の本文をお読みください)。手を持ち上げたり、歩き回ったり、度々天井を見上げたり、しました。この時は、イメージ(映像)以外に、温度も感じています。また歩き回る時は、足の裏に板の間と畳(たたみ)部屋の感触も感じます。これは、「映像として見た感覚」ではなく「はっきりと身体の中に入って動いた感覚」です。

これら3つの時間移行が、(50代の)大人が子供時代へ、自分の意識を送り出している(つまり送信側の)典型例です。しかし、これだけでタイムリープ現象が起こったとは、私も思っていません。ここまでが、意識を『送信』した時の話です。

次に、別時間の自分から届いた意識を受け入れる『受信』側の話をします。この感覚は、とても分かりやすいです。自分の意識がハッキリとある状態の位置に、別の意識が入ってくるのですから。どこに入ってくるのかと言えば、(私の場合は)脳の中です。自分の意識も、脳の中にあります。そこに、もう1つの意識が入ってくるのです。例えが良くないですが、自分が入っている個室トイレの中に、もう1人の人間か別の物体が、フッと現(あら)われる感覚です。

「入ってくる"何か"が、意識だ」と分からない時もあります。その方が多いです。たった一度だけ「入ってきたのは未来の自分の意識だ」と分かった時があります。それを書いたのが初稿『タイムトラベル記1』です。大抵の場合は、「なんか変だぞ。頭の中に変な感じがする」です。そして、その直後から、何か奇妙な現象が起こります。自分が考えてもいないのに、勝手にしゃべる…それも多くは外国語。急に身体が硬直する(これが一番多い)。幼稚園時代のロボット歩きのように、勝手に不思議な動作をする事もあります。時には、入ってきた別の意識が、自分では考えられない様な思索(しさく)を開始する…そしてその思索を、同じ脳の中にあるもう1人の自分の意識が「この別の意識は、こんな事を考えているんだ」と、感じ取れる。まったく現象が起こらない場合もありますが、その時は理由もなく強い感情(「うぁ〜懐かしい」、「ああ嬉しい」、「やったぞ」的な達成感、など)が生じます。これらが、『受信』側に起こる現象です。たいていは、数分間です。

経験していないと分かりづらいですが、慣れればとても分かりやすい感覚です。(以前は分かりませんでしたが) 今の私は、すぐに「受信してるぞ」を察知できます。

では本題。タイムリープを判断する基準の「一致率」と「特異性」の話をします。

・『送信』側の(上例では大人の)私が「見たもの」や「感じたもの」、身体を動かしたときは「その行動」と、

・『受信』側の(上例では子供時代の)私が、「見たもの」「感じたもの」あるいは「その行動」を比べて、

どの程度の一致が有ったかを(自分の記憶と照らし合わせて)調べます。一致点が多ければ多いほど、タイムリープしていた可能性が高まります。

上例の幼稚園児時代の「あの行動(幼稚園児のロボット歩き)」は、完全に一致しています。小学生時代では、送信受信側が「見たもの」、「感じたもの」、とりわけ「なぜ青い靴が好きなのか?」に対する(言葉での)返答が、ほぼ一致しています。この退行催眠中に生じた送信/受信での一致率を、私(T.A.)は約98%と見なしました。「一致率」が非常に高いので、タイムリープしている可能性が高い、と考えたのです。

しかし、「100万円の中古本」の現象では、この考え方が通用しません。送信側の(2020年の)私は、立案しただけでタイムリープ実験をやっていません。つまり、何も送っていないからです。しかも、受信している筈の(1982年の)私には、必ずある「もう1つ別の意識が入ってきた感覚」つまり「なんか変だぞ。頭の中が変な感じだ」が有りませんでした。どう捉(とら)えても「一致率」は、0%です。なのに理由も説明せず、私はタイムリープ現象が起こった、と結論づけています。H様が、気になるのも当然です。

タイムリープを判断する基準が、実はもう1つあるのです。

物理学者が使う用語に「特異性(singularity)」というのがあります。これは、「その現象が、どれほど他と違って特殊であるか」を示す時に使う単語。但し、医学用語の「特異性(specificity)」とは違う単語です。注意して下さい。

私はタイムリープの検証で必ず、生じた現象が「どれ程、他と違って異なっているか」つまり「特異性(singularity)」をチェックして行きます。

もし、送り出した意識が「朝、歯をみがく」で、受信側の私が本当に「朝、歯をみがいていた」としても、タイムリープが成功したとは考えません。「特異性(singularity)」が無いからです。

送信側の意識が身体に入り「ゆっくりと歩いてみた」でも、「特異性」は低いです。しかし

送信側の意識が身体に入り「まず右手を水平の高さまで上げてから、ゆっくり下ろす。次に3歩ゆっくり進み、止まる。直角に右回りし、まっすぐ歩き、止まる。その位置で、また直角に右回りし、まっすぐ部屋の中心まで歩いて止まる」であれば、偶然これと同じ行動を同じ順番ですることは無いでしょう。「特異性」は非常に高くなります。

で、今回の「100万円の中古本」でも、同様にして「特異性(singularity)」を計算しました。もし、生じた現象が「過去に行き、本屋で単行本を買う」であれば、「特異性」は低いですから、タイムリープとは認めなかった筈です。私は、立案した「過去の誰もが知らない、将来100万円の価値をつける単行本を、ピンポイントで購入する」ような行動が、偶然に生じる事はあり得ないと判断しました。「一致率」は0%でも、これは極めて高い「特異性」ですから、タイムリープ現象が起こったと結論づけたのです。

長文の返答になってしまいました。申し訳ないです。今回の事象では、タイムリープ検証実験をしていないのですから、(このタイムライン上の私が)過去の自分の体の中に入って動いたと言う感覚も無い、ことになります。

さて、まだ「送ってもいないのに、どうして過去の私が『100万円の本を買え!』の意識を受信したのか?」の疑念が残っていると思います。これに関しては、別稿『タイムリープのやり方』の投稿まで、待って下さい。やり方の説明で、受信側だけ/送信側だけ(つまり「一致率=0%」)のタイムリープ・エピソード(実話です)が、沢山出てきます。それらを読めば、謎はすっきり解ける筈です。

今日は、ここまでにします。

〔注1〕この送信/受信と言う概念を、今日はまだ、Eメールやファイルデータの送受信と同じ様に捉(とら)えていても構いません。ただし、実際のタイムリープ送受信の概念は、旧アナログ時代のラジオ生放送に近いです。「送信側は1つですが、受信機のラジオは複数」、「送信側(電波塔)の近郊では、はっきり受信できるが、遠方になるほど受信感度が下がる」、「送信時刻が受信時刻。その時刻にしか、聴けない」等の特徴が、タイムリープ現象と似ています。これらについては、いつか別の機会に説明します。元に戻る

〔注2〕意識を2人分に感じるのは、子供時代に退行した時だけかも知れません。自己催眠でタイムリープを試行した時は、これをほとんど感じない為です。元に戻る

T.A.さん(2020年11月6日)

・H様… 昨日の続き/補足です。私は、貴方が質問をする理由が、痛いほど分かります。と言うのも、私自身が同じ疑念を抱いていたからです。

いつもタイムリープ実験をしている時、(私の脳裏には)いろいろな物や場面が見えてきます。同時に、何か(触感、温度、感情etc)を感じる事もあります。これらが、送信側の「見えたもの」と「感じたもの」ですが、自分が「想像したもの」あるいは「過去の(忘れていたかもしれない)記憶を思い出したもの」である可能性を排除できません。両者を区別できないのです。拙稿「タイムトラベル記2」に著した

・幼稚園の卒園記念絵皿のような「物証(物的証拠)」や
・身体に入り込み、ロボットの様に歩き回る「高い特異性」のような、

判断材料があれば良いのですが、これですら100%とは言えません。そんなこんなで、ずっと「タイムリープをした確証を得る方法」を私は模索していました。ついに見つけたのが、今回の「過去(の本屋にいる自分)に意識を送って、未来に100万円の価値をつける単行本を買う」ミッションでした。これは、非常に高い「特異性」が有りますし、上手くいけば「物証(その単行本)」も得られるのです。完璧な検証方法に思えました。

当初の予定では、催眠中に「本屋のハシゴ」でいつも最初に行くA書店にいる自分へ、意識をとばす(タイムリープする)つもりでした。2-3回、意識をとばせれば、単行本まで行きつく筈です。検証実験は、これで終わり。

タイムリープが成功していれば、たいていは終了から数分後に”何か”を思い出します。どんなに遅くても1週間以内に、思い出します。それは、

(1) 本屋で、その単行本を購入しようとしたが、高いので止めた
(2) すでに処分してしまったけど、その単行本を購入した
(3) 買わなかったけど、書店にあったその単行本に強い印象を持った

等のぼんやりとした記憶です。これらは、全てタイムリープ実験が成功した場合。仮にも、単行本が手許に残っていれば、実験は大成功です。どの場合も1-2週間すれば、はっきりとした記憶に置き変わっていきます。タイムリープした結果、自分の過去のタイムラインが変わるので、それに伴い(過去の)記憶自体も変わっていく為です…マンデラ効果の原因ですね。

タイムリープが失敗した場合ですが、何も起こりません。3週間か4週間経っても、その単行本を買おうとした記憶や、その単行本に関する何かの感覚を、思い出さなければタイムリープはしていません。

この成功/失敗のどちらかの結果を、私(T.A.)はここのサイトで公表する予定だったのです。でも、そうは成りませんでした。H様、説明の補足として、これを書きました。タイムリープやタイムトラベル現象は、奥が深いですよ。

T.A.さん(2020年11月7日)


・T.A.さん、今回のお話も興味深く拝読させていただきました。小池本から意外な結末までの筋運びに惹き込まれました、そして高尚ぶらない下世話さ(失礼!)も真実味が感じられました。続きを楽しみにしています。

今更ですがさん(2020年10月28日)

・今更ですが様…T.A.です。今回のエピソードは、貴殿の(別稿への)コメントに触発され、返事をアップした翌日に書きました。私の体験談は文章化すると仰々(ぎょうぎょう)しくなりますが、現実生活は平々凡々としたものです。エピソードは起こった出来事をそのまま書いているだけなので、「下世話さ」も自(おの)ずと出てきてしまうのです。それも含めて、気に入ってもらえたのですから、この上なく嬉しいです。コメント、有難うございました。

T.A.さん(2020年11月6日)


・読者ではなく、著者のT.A.です。昨日(2020/10/7)、年下の知人から「どうして本物のカイロ大学卒業証書がもらえたのか、分からない」と言われました・・・ゴメンナサイ。たしかに、説明不足でした。42年前のサダト夫妻来日を覚えていない読者には、難しかったと思います。

1970年代のエジプトは、サダト大統領が独裁する軍事強国でした。アメリカがバックにいるイスラエル国ですら、手を焼いていたのです。だからこそ欧米が「戦争をやめるのなら、経済支援をする」と表明したのです。でも日本国に、利害関係はありません。なのに1978年の秋、その独裁者サダトへ、(日本のゼネコン各社が現地で、道路やら施設をつくってあげる)経済支援協力の代わりに、(現在の換算価値で数千億〜数兆円に相当する)米ドルを差し出したのです。ある謎の日本人女性の暗躍でね。

コイケ女史はエジプト留学時代から、ワイロの使い方を熟知していました。その対価を求めなかったとは思えません。成果を自慢したい性分も持ち合わせているので、自著の内表紙に成果である「卒業証書」を載せたのです。偽物ならば意味をなしません。なので、これは本物。

エジプト国民にとって、サダト大統領は独裁者と言うより、神(かみ)に近い存在でした。国民投票では、サダト大統領が毎回99.8%支持されていた程です。「カイロ大の卒業証書を発行せよ」と命ずるのは容易(たやす)い事で、それを大学の学長が拒否することはあり得ません。

卒業証書をカイロ大学が発行した理由は、サダト大統領が命令したからです。

T.A.さん(2020年10月8日)

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