ジョナサン・スウィフト著『ガリバー旅行記』は発刊されてからすぐにベストセラーになり、今日に至るまで絶版になったことがありません。この有名な小説には意外な謎が秘められていたのです。

イギリスの風刺作家、ジョナサン・スウィフトは1667年にアイルランドの首都・ダブリンで、イギリス人夫妻の間に生まれました。彼はケンブリッジ大学で学び、1726年に寓話『ガリバー旅行記』を執筆しました。そのとき彼は59歳でした。この世界的に有名な古典小説の中ほどで、スウィフトは火星の衛星に言及しています。

「火星の周りを回る二つの衛星がある。内側に位置する衛星と火星の中心部の間の距離は、火星の直径のちょうど三倍に相当する。外側に位置する衛星の場合は五倍である。前者は10時間かけて火星の周りを公転し、後者は21時間半かけて公転する。」

これは驚くべき描写です。なぜなら、火星の衛星フォボスダイモスは『ガリバー旅行記』が出版されてから150年経つまで発見されなかったからです。しかも、天文学者のアサフ・ホールが1877年に屈折望遠鏡で火星の衛星を発見したとき、二つの衛星はスウィフトが小説の中で述べたとおりの軌道を描いていました。

二つの衛星を詳しく研究するにつけ、謎は深まっていきます。内側に位置する衛星フォボスは驚くほど火星に接近しており、火星の表面から5,760qの位置まで近づくことがあります。自然の衛星のなかで、フォボスは唯一、主天体(この場合は火星)の自転速度よりも公転速度が速い衛星として知られています。火星は24時間37分かけて自転しますが、フォボスは7時間37分かけて火星の周りを回ります。それに対してダイモスの公転速度は時速23,360qで、火星の周りを公転するのに30時間14分かかります。

火星の衛星とその奇妙な動きについて知っていたジョナサン・スウィフトに敬意を表して、NASAはフォボスのクレーターに彼の名前を取って名づけました。

それでは、スウィフトは火星の知識をどこから得たのでしょう? アメリカの天文学者・故カール・セイガンは、スウィフトがドイツの天文学者ケプラー(1571-1630)から知識を得たのだろうと推測しています。ケプラーは惑星の動きの法則を発見した人ですが、そうなのだったら、なぜ彼自身が火星の衛星とその運行速度を予想しなかったのでしょう? いずれにせよ、ケプラーの法則ではフォボスの特異な動きを説明することができません。コンピュータ技術が発達した今日でさえ、天文物理学者はフォボスの謎を解けないでいます。

ガリヴァ旅行記 (新潮文庫) | ガリバー旅行記 (角川文庫)

・スウィフトは地球外生命体と遭遇し、宇宙についての知識を得たのです。瞬間移動でさまざまな場所を見たのでしょう。それを「物語」とカムフラージュして書いたのです。

もんぷちさん(2017年3月24日)

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