これはカナダの女性・Sさんの体験談です。
これは1980年代半ばに起こった出来事です。当時、私は10歳でした。ある日、家族旅行に出かけ、カナダのニューファンドランド州立公園でキャンプをしました。
私の住んでいるところでは妖精に関する民話が多くあります。妖精に誘われて異世界に足を踏み込む、あるいは連れ去られるといった話が語り継がれています。私はそういった話を信じたことはありません。それでも、妖精の話を聞くたびに、この出来事を思い出さずにはいられません。
正午頃、キャンプ場に到着。異様なほど閑散としていたのを覚えています。車で辺りを回り、キャンプを設営するのに最適な場所を探したのですが、他のキャンプは一つも見当たりませんでした。
ともかく場所を選び、両親が設営を開始。その間に、姉が「近くに小さな海岸があるから行ってみない?」と聞いてきました。そこは白樺の森の中の小道を少し歩けば行ける距離でした。母は「いいわよ」と言いましたが、「2時間で戻ってくるように」と注意しました。
私たちは海岸への道を示す標識を見つけ、自然歩道を下っていきました。しかし、キャンプ場を出たとたん、「何かがおかしい」という感覚が付きまとうようになりました。妙に静かで、音がこもっているような感じ。鳥のさえずりも、そよ風も聞こえない。空気はただただ重く、どんよりした静寂が漂っていました。
しかも、道沿いに奇妙なシダが密集して生えているのに気づきました。この辺の森ではシダは珍しいものではありません。でも、これは今まで見たものとは違っていた。光り輝くような、鮮烈な緑色。とても大きく、中には私の背丈ほどあるものもありました。人や動物がシダの中に隠れて、私たちをじっと見つめているような気がしてなりませんでした。
その日は晴天で気持ちの良い日だったのに、歩き始めると天候が一転。道を下っていくにつれて、低い霧が立ち込めてきました。初めのうちは地面近くを這うように立ち込め、海岸に近づくにつれて、徐々に私たちの周りに立ち昇っていきました。こんな霧の中を歩いたことは一度もなかった。
不気味な感覚を無視しようと努めていたのに、霧によってさらに強まるばかりでした。やがて急こう配の木製の階段にたどり着き、そこを登っていくと、霧のかかった小さな浜辺に出ました。背後と頭上に森が広がり、とても閉鎖的な感じ。キャンプ場にいる両親の元へ無事に戻りたいと、切実に願いました。
そんな中、隣にいた姉が小さな物音を立てたので、何事かと振り返りました。誰もいないと思っていたのに、数メートル先に一人の男がじっと立ち、黙って水面を見つめていたのです。姉は親しげに「こんにちは」と声をかけました。今では子供が見知らぬ大人に話しかけるなど考えられないことですが、80年代のカナダではよくあることだったのです。しかし、男は身動き一つせず、姉の声も聞こえないようでした。1、2分後、私は不安になり、姉を説得してキャンプ場へ戻ることに。
ここから記憶が曖昧になります。浜辺を離れた記憶はないのですが、次に気づいた時には、広い未舗装の道路にいました。見覚えのない道。時間が経過したようには感じられなかったけれど、ぐったり疲れていて、長時間歩き続けたような感覚。1時間も経っていないと思っていたのに、太陽がかなり低い位置にあり、違和感がハンパなかった。方向感覚を失い、自分がどこにいるのか全く分からず、うろたえる私。
即「おねえちゃんモード」になった姉は「大丈夫、きっと帰り道は分かるから」と私を安心させようとした。導かれるまま歩いていくと、45分後にようやくキャンプ場に出た。父母がキャンプを設営したところからそう遠くない場所でした。
あたりはすっかり暗くなっていた。トレーラーに駆け戻ると、父が心配そうにどこに行っていたのかと尋ねてきた。私たちにすれば2時間も経っていなかったのに、父によると5時間以上も行方不明だったと! 母は私たちを探しに海岸に行き、父はキャンプ場で待っていたのです。
辺りはすっかり暗くなっており、父は母が戻ってこないことを心配していました。探しに出かけようとしたまさにその時、母が勢いよくドアを開けて入ってきました。
「何度も何度も歩道を行ったり来たりしたのに、お前たちを見つけられなかった」と心底驚く母。海岸に行く唯一の方法は自然歩道を通ることだったのです。それ以外の方法は深く険しい森の中を抜けること。なので私たちが母に出くわさなかったのは絶対におかしい。
皆が落ち着いてから、夕食を済ませて寝床につきました。二段ベッドに横になっていると、母が父に、自然歩道がどれほど不気味で奇妙な感じだったかを静かに話しているのが聞こえました。
もっと長く滞在する予定でしたが、翌朝すぐに荷物をまとめて出発し、二度とあのキャンプ場に戻ることはありませんでした。