これはアメリカの男性・Zさんの体験談です。
これは僕が1997年に体験した出来事だ。当時、アメリカ空軍に勤めていた父は、ドイツに駐在していた。そんなわけで、この年の夏休みに家族(父母と叔父の家族)と一緒にイタリア・ヴェネツィアに観光旅行に出かけた。列車に乗ってヴェネツィアに行き、ゴンドラに乗ったり、建築物を見たり、ドゥカーレ宮殿を訪れたりと、たくさんの新しいことを体験した。
ヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁であった建造物。ドージェ(総督)の公邸であった。サン・マルコ大聖堂に隣接した敷地に建つこのドゥカーレ宮殿は住宅、行政府、立法府、司法府、刑務所という複合機能をもった建物とされていた。
グループツアーに参加した僕たちは、ドゥカーレ宮殿に到着、敷地内をぶらぶら歩いた後、「法廷」と呼ばれる大きな部屋に入った。その部屋は天井が低めだったものの、バスケができるくらいの大きさがあった。ガイドがそこで起こったスキャンダラスな事件について説明したのを覚えている。
室内のいたるところに照明器具が設置され、部屋を明るく照らしていた。また、そこには複数の民族が入り混じる騒音の海があった。国際的な観光地に行ったことがある人なら誰でも、様々な言語や方言が一度に交わされた時のざわめきを聞いた覚えがあるだろう。
そんな中、僕の前に立っていた母の姿が人々のざわめきとともに一瞬で消えてしまった! 部屋の大きさに変わりはなかったが、突然、現代社会のあらゆる兆候が消え失せ、部屋全体が異様な雰囲気に包まれた。明るく爽やかな印象が威嚇的で暗いものに取って代わり、重苦しさと敵意が部屋を支配していた。松明の炎が天井に向かって燃え上がり、煤(すす)が壁に模様を作っていた。
現代から過去への移行はほぼ瞬時に起こったが、何かが変わったという事実を理解できるまでに少し時間がかかった。槍のような武器を持った2人の警備員がドアの両側に立ち、部屋の骨組みの構造がはっきりと見えた。まるで誰かが壁と天井から豪華さをはぎ取ったかのようだった。王座は現代と同じ場所にあったが、それ以外の家具はすべて消滅し、部屋はガランとしていた。
2人の警備員が配置されたドアに向かって、誰かが廊下を歩いてくる音が聞こえた。その足音からは目的意識と自信が感じられた。振り向くと、戸口で立ち止まっている男と目が合った。口ひげを生やし、目は深いこげ茶色、口を真一文字に結んでいた。この時点で、時間移動をしてから 15 秒から 20 秒ほどしか経過していなかったはず。アドレナリンが急速に高まった。ストレスのかかる事態に対処するため、自律神経が働きだしたのだ。
突然、誰かが肩をトントンと叩いたので、振り返ると、母がそこにいた。明るくてにぎやかな部屋に戻ってきたのだ! 母は困惑した表情で「どこに行ってたの?」と尋ねた。母の目には、一瞬僕が「意識を失った」ように見えたので、そんな質問をしたのだ。そこで僕は、今さっき体験したことを母に話して聞かせた。母は信心深く風変わりな人だったので、このできごとを悪魔や悪霊のせいにして、どんどん先に進んでいってしまった。僕は当惑し、すぐにその場所を離れ、宮殿のツアーが終わるのを待つことにした。